NO.6 beyond #4


翌朝、は食欲がわかなかった。
部屋に豪勢な食事が運ばれてきたけれど、胃袋が全く反応しない。
だが、いざというときに刀を抜けなくなっては困るので、必要最低限だけ、わずかにつまんだ。
高級料理には違いなかったけれど、紫苑の家で食べたパンの方がよっぽど美味しかった。

料理を運んだ使用人が心配そうな表情をしていたが、何も言わずに残りを下げる。
そこへ、入れ替わる様にして使魔が入って来た。
は、どんな顔をして接すればいいかわからなくなっていたが。
その両手に抱えられていた物を見て、愕然とした。

「使魔さん、それは・・・」
「予想外だったよ。まさか、彼女がこんなにも早く行動を起こすなんて」
使魔が抱えているものは、一切の汚れがない、眩しい程純白の衣服。
それは、普段着とはほど遠いほど豪華な装飾が成されていて。
清廉潔白な花嫁が着るに相応しい、美しいウエディングドレスだった。

「彼女は君を結婚させて、この家に縛り付けるつもりでいる。
式の準備も整えてあるなんて、大したものだよ」
使魔は軽く言っていたが、にとっては大問題だった。
「冗談じゃない!誰がそんな女々しい物着るか!」
思わず、言葉が荒くなる。
西ブロックに落ちたときから、過去を捨てると同時に女であったことを忘れようとした。
男として生きることを決めたのに、女の象徴であるそんな服を着るなんて考えられない。
今すぐにでも、刀で切り刻んでやりたい衝動にかられる。

「大丈夫、私は君と約束した。情報は外に流してあるんだ、きっと・・・」
使魔が、他の誰にも聞こえないように耳打ちする。
言葉の続きを聞いた瞬間、は使魔をじっと見上げ、純白の服を凝視した。




数十分後、は使魔が持って来た白い服を着て、式場へと向かっていた。
周りには監視のためか、使用人たちが付いて来ている。
女の憧れであるものだが、にとっては屈辱以外の何物でもない。
けれど、この服を着ることが、相手を油断させる最高の手段だった。

は、決して自分の姿を見ないように、真っ直ぐ前を向く。
特に、鏡があるときはとっさに目を逸らしていた。
服だけでも嫌悪しているのに、化粧まで施された自分の姿はとうてい見るに堪えないだろう。
その証拠に、昨日あれだけ興奮していた使魔は特に感想を漏らさなかった。
無駄に多い布が足にまとわりついて、歩きにくいことこの上無い。
それに、ヒールのある靴は平衡感覚を保つことが難しく、全速力で走れそうにはなかった。

転ばないように、慎重に足を運びつつ大袈裟な扉の前へ辿り着く。
周りにいた使用人は身を引き、扉を開く。
そこは、ドレスに負けないくらい真っ白な式場で、壁には巨大な十字架が掲げられていた。
中央には赤い絨毯が敷かれており、その終着点には牧師と金髪の男性がを見ていた。
数名の客も、花嫁を凝視する。
どうやら、よほど早く婚礼の儀を済ませてしまいたいらしい。

は怯むことなく、毅然とした態度で絨毯の上を歩いて行く。
上品な佇まいも何もあったものではない、無駄な布を揺らして大ざっぱに歩き。
終着点に辿り着くと、無言で男の隣に並んだ。
ちらとその男を見ると、いかにもひ弱そうで、財力だけで伸し上がって来た印象があり、とうてい好きになれないような相手だ。

新郎新婦が揃うと、牧師が何かをつらつらと言い始める。
その言葉は右から左へと抜けて行き、耳が認識しようとしなかった。
男が誓いの言葉を口にしたが、は断固として口をつぐんでいる。
花嫁が抵抗することは牧師も男もわかっていたのか、咎めはしなかった。

制止していると、肩を掴まれ、男の方を向くよう促された。
はとっさに手を叩き落とし、男を睨む。
もし、また触れることがあったら、その細い喉を締めようかなどと考える。

けれど、その必要はなかった。
突然、全ての照明が落ち、真っ白だった空間が闇に包まれる。
家中の光が消え、何も見えなくなったが、には人々がどよめき、狼狽している様子が分かっていた。
男は花嫁を逃がすまいと闇に向かって手を伸ばしたが、何も掴めない。
明るい光の元でのうのうと暮らしてきた住民とは違い、は闇に慣れていて、すぐに出口へと向かう。
扉の所へ着いたとき、ふいに、すぐ傍に誰かの気配を感じた。


、こっちだ」
聞き慣れた声と共に、腕を掴まれる。
もう、さっきのように叩き落としはせず、誘導されるまま走った。
慣れない靴のせいで、途中で足が痛んだけれど、そんなものに構っている暇はない。
人々のざわめきを抜け、裏口から外へ出てひたすら走る。
紫苑の家へ辿り着いたのは、踵に血が滲んできた頃だった。

「愛の逃避行って感じだな」
「ネズミ、似合わないことを言わないでくれ」
ネズミにからかうように言われ、気が抜ける。
すると、足の痛みに意識が集中し、は膝を折った。

「挫いたか」
「いや、踵の辺りが擦れただけだから大した事・・・」
大したことない、と言おうとする前に、ふいに体が浮いた。
気付けば、ネズミの顔がすぐ近くにある。

「・・・何をふざけているんだ?」
「ふざけてなどいませんよ、ナイト。いや、今はこの呼び方は相応しくないな」
ネズミは、を横抱きにして抱え上げていた。
世の女性が羨む抱き方だけれど、にとっては何も嬉しくはなかった。

「さっさと下ろしてくれ、足の骨を折ったっていうわけじゃない」
「まあまあ、大人しくベッドまでご同行下さい、プリン・・・」
は、続きを言わせないよう、とっさにネズミの口を手で塞ぐ。
ナイトと呼ばれるだけでも気恥しいのに、そんな呼び方をされてはたまらない。
手を外すと、ネズミはくすりと笑ってを抱えたまま家へ入った。




部屋へ移動すると、そこでは紫苑が待機していた。
「ネズミ、を・・・」
思わず、言葉が止まる。
紫苑は、ネズミに抱えられているを見て、唖然としていた。
いつも、そこらへんの男より男らしい相手が、今は純白のドレスを着て、恥ずかしそうに俯いている。
普段とまるで違う様子に、紫音は見入っていた。

「・・・あんまり、見ないでくれ」
「ご、ごめん」
熱視線を感じたが情けなさそうに言ったので、紫苑は慌てて目を逸らした。
ネズミが、をベッドに座らせる。
、これ、さっき、あの男の人が届けてくれたんだ」
紫苑は、軍服に似たの服を差し出す。
使魔さんが届けてくれたのだろうと、すぐに察した。
こんな屈辱的な格好をしたのも、耳打ちされた言葉があったからだった。
「必ず、あの子が連れ出してくれる」と。

服はもう一人の子に届けると言われ、は、使魔と、ネズミと、紫苑を信頼していた。
上手く逃げだせたのはいいけれど、まだ自分にはなすべき事がある。

「二人共、ありがとう。早速だけど、さっさと着替えたいから一人にしてもらってもいいか」
早く着替え、刀を携えて、また戻らなければならない。
あの女を殺さなければ、きっと同じ事が繰り返される。
そのために、使魔さんの要望を飲んだのだから。
一人にしてほしいと言ったが、紫苑とネズミは出て行こうとしない。
何か気になることでもあるのかと、は言葉を待った。


「あいつには見せられても、おれたちには嫌なのか」
ネズミの言葉は、昨日の出来事を指し示していた。
使魔さんから聞かされたのだろう、逃亡の手配をする代わりに、あの条件を承諾したことを。
「あれは・・・」
仕方がなかった、とは言えない。
提案したのは、他ならない自分自身だ。
最悪、体を捧げることになっていたかもしれない。
そんな危険に、自ら身を投じた。
二人の為、女を殺すためだと言っても、言い訳がましく聞こえるだろう。

「君達も、見たいっていうのか。未完成品の体を・・・」
「見たい。きみの全てが知りたい」
まさか、紫苑が即答するとは思わず、は視線を合わせる。
その真っ直ぐな瞳からは、好奇心でもなく、色欲でもない、もっと他の純粋な願望があるようだった。

「ネズミも、そう思ってるのか」
「ああ」
ネズミの返事は端的で短く、誤魔化しがなかった。
二人が何を思って未完成の体を見たいと言っているのか、にはわからないことだったが。
救ってくれた恩義を感じているからだろうか、不思議と、嫌悪感はなかった。


「・・・わかった」
は、自分でも信じられないくらいあっけなく、了承の言葉を告げていた。
「ただ、これはどうしても脱いでおきたいから、少し時間が欲しい。。
あと・・・一人ずつにしてくれ」
二人分の視線に耐えられる度量は、持ち合わせていない。
二人は軽く頷き、部屋を出た。

それを見送った後、は鬱陶しいドレスを脱ごうとする。
けれど、やたらと多い木地がそこかしこにひっかかってうまくいかない。
じれったくなり、は刀を抜き、衣服を切り裂いた。
乱雑に割かれたドレスが、シーツと同化する。
解放され、普段の服を着ようとしたところで、手が止まった。

これを着てしまったら、もう脱げない気がする。
は躊躇いが生まれない内に一糸纏わぬ姿になり、切り裂いたドレスで身を覆った。


ほどなくして、扉の叩く音が聞こえてきた。
とたんにの体は強張ったが、声を震わせないように「入って来てもいい」と告げた。
扉が静かに開き、紫苑だけが入って来る。
紫苑はベッドの上で白い布を纏って座るを見て、一瞬はっとしたような表情を見せたが、すぐに冷静なものに戻った。

「・・・少し、明かりを落としてほしい」
紫音がすぐにスイッチを操作し、部屋を暗くする。
真っ暗ではなく薄暗い程度で、近付けば相手を見ることができる。
は、少しでも気恥ずかしさを軽減したがっていた。

紫音がベッドに近付き、の隣に座る。
それだけでも、はだいぶ緊張していた。
「きみのタイミングでいいよ」
無理に布を取る気はないと、紫音が諭す。
そうなると、もし嫌だったら見せなくてもいいと解釈したくなってしまって。
は俯きがちになり、少しも手を動かせないでいた。

異端な者を見る目で見られたら、きっと立ち直れない。
紫音は、相手を蔑むようなことはしないとわかっているのに。
どうしようもなく情けない心が、自分の全てを見せることを躊躇わせる。
それは、絶対に、この相手に嫌われたくないと、そう思っているからだと自覚していた。


部屋に、静寂が流れる。
は、時が経つのをとても長く感じていた。
このまま黙っていても、何も進まない。
紫音は、じっと判断を待ってくれている。
布を取るべきだと、頭ではわかっていても、やはり体が動かない。

時間が経つにつれて、待たせているのが心苦しくなる。
その苦しさが背を押してくれないかと思ったが、手は断固として布を掴んだままでいた。
行動を自分に委ねていては、ずっとこのままでいて、紫音を落胆させてしまう。
だから、は声を振り絞った。

「僕には、布を取ることができない。だから・・・君が、剥ぎ取ってくれ」
顔を見なくてもわかる、紫音は目を丸くしているだろう。
もしかしたら、そんな大胆なことはできないと断るかもしれない。
だが、のそんな予測をよそに、紫音はすぐに返事を返した。

「わかった、君がそう望むのなら」
紫音に布が掴まれると同時に、は力なく腕を下ろした。
躊躇いなく布が取られると肌が外気に触れ、身を守るものが何もなくなる。
相手の顔を見ないよう、は床の一点を見詰めていた。


「・・・綺麗だ」
紫音は、思わず感嘆の声を漏らしていた。
滑らかで繊細な肌が、薄闇の中でもわかる。
俯いたままの物憂げな雰囲気が、いっそう繊細さを際立たせていて。
紫音は、手を伸ばさずにはいられなかった。

驚かせないよう、そっとの腕に触れる。
はわずかに肩を震わせたが、拒むことはしなかった。
いつも隠されている腕は、細身でもしっかりとした筋肉がついて、引き締まっている。
男性的な体つきと、女性的な肌質に、紫音もに中性的な魅力を感じていた。

は、布がなくなってから一言も言葉を発していない。
その心情には、どれほどの不安が渦巻いているのだろうか。
そんな姿がいたたまれなくなった紫音は、自らも服を脱ぎ始めていた。

思いがけない行動に、がやっと顔を上げる。
紫音は次々と衣服を取り払い、あっという間にと同じ状態になった。


「きみは、この体を見て、どう思う?」
は、紫音をじっと見る。
蛇に巻き付かれたような、痛々しい跡があることは知っていた。
それを改めて見ても、畏怖は沸いてこない。
むしろ、その跡は、官能的とさえ感じられていた。

「・・・君のその跡は、異常なものだ。けれど・・・決して、醜くない。。
むしろ、惹かれるものだと、そう思う」
「それは、ぼくがきみに抱いてることと同じなんだよ、
そこで、は紫音と視線を会わせた。
秘められた偽りを探ろうと、瞬きもせずに瞳を見詰める。
だが、そこからは何の汚れも感じ取れない。
信じられない言葉を告げられたけれど、紫音のことを、信じたかった。

紫音は、ゆっくりととの距離を詰めて行く。
純粋な瞳が間近に迫ると、は自然と目を細めていた。
お互いの距離がなくなり、紫音と、唇が触れ合う。
こんな姿でも、柔らかな感触と、ほのかに温かい温度に安心していた。

心が安らいでいくようで、目を閉じる。
軽く触れていただけの箇所がわずかに強く重なると、心音が心地好い音をたてた。


一旦紫音が離れると、触れていた唇がなぜか煌めいていた。
そのとき、はドレスを切り裂いたが、化粧を落としていなかったと気付き慌てた。
「ぼ、僕、顔を洗ってくる」
、待って」
紫音は、とっさにの肩を掴んで引き寄せた。
はずみで体がぶつかり、素肌が触れる。
とたんに、さっきは心地好かった心音が強くなり、頬に熱が上った。

「ネズミにも、今のままのきみを見せてあげてほしい。
・・・交代する前に、もう少しだけ聞いてくれ」
真剣な眼差しに見詰められ、は羞恥を感じつつも紫音の方を向く。
「きみの姿を見ても、ぼくの気持ちは変わらない。むしろ、もっと強くなった」
紫音が紡いだ言葉を聞くと、ますます熱が上っていく。
慣れない賛辞だったが、もはや猜疑心はなかった。

「好きだよ、。きみの全てを見られてよかった」
「紫音・・・」
感嘆するように、紫音の名を呼ぶ。
未完成な体を見ても、好きだと、そう言ってくれた。
以前なら、とうてい信じきれなかった言葉を、受け入れたがっている。
ああ、自分は紫音に好かれたがっているのだと、実感した瞬間だった。

ふいに、紫音が、を抱き締める。
まるで、強い親愛を示されているようで、肌が触れ合うまま、も紫音に腕を回す。
今は、羞恥心を忘れ、胸の内から沸き上がる幸福感に浸っていたかった。


「そろそろ、ネズミと変わるよ。痺れを切らして、扉を蹴破られたら困る」
紫音が離れて、冗談めかして言う。
そんな言葉に、はやんわりと微笑んだ。
こんな状態で笑えることが意外だったが、それだけ紫音に心を許している証拠だった。

紫音が部屋を出ると、は反射的に布を纏っていた。
まだ、胸がほんのりと温かい。
その余韻を感じていると、再び扉が開き、ネズミが入ってきた。
ネズミはを見据えると、足早にベッドへ腰掛ける。
紫音とは違う眼差しに、には緊張感がよみがえってきていた。

「もう二人に見せたんだ、今更恥じらうこともないだろ」
「に、人数の問題じゃない。ここは風呂場でもないし、躊躇うのは当たり前だ・・・」
二人に受け入れられたからと言って、万人が良いと思うわけではない。
それに、普通の部屋で裸になる事はない。
躊躇っていると、ふいに、ネズミは紫音と同じように自らの衣服を脱ぎ始める。
は言葉を発することもできずに、ネズミを観察していた。

「これで対等だ。男同士で、隠す必要もない」
ものの数秒で、ネズミは何も纏っていない姿になる。
一目見たとたん、は目を奪われていた。
見ただけでもわかる、鍛えられた体つき。
かといって武骨ではなく、どこか妖艶なものも感じられる。
けれど、それは紛れもなく男の体で、は羨ましかった。

凝視していると、その皮膚の感触を感じたくなって、恐る恐る手を伸ばす。
掌が固い胸部に触れると、静かな鼓動が伝わってくる。
規則的な音が心地良くて、気が落ち着いて行く。
相手が、自分の傍に確かに存在しているのだと実感できた。

ネズミが、を隠している布に手をかける。
腕を引くと、それはあっけなく取り去られた。
そうして、自分の肌が露わになった瞬間、触れている胸部の鼓動が強く鳴る。
ははっとして手を離し、目を丸くしてネズミを見上げた。


「分かるか、おれの心臓の音が」
静かだった鼓動が、音を増す。
ネズミが、未完成のこの体に反応しているのだと思うと、動揺する。
が手を離すと、ネズミは肩に手をかけ、軽く押した。
相手を押し倒すには弱い力だったけれど、は促されるまま仰向けになる。
わずかに危機感を覚えても、それは何か他の感情によって掻き消されていた。

ネズミがなだらかな手つきで頬を撫でると、は身震いした。
嫌悪でも、恐怖でもないものが、体を震わせる。

「・・・明日、おれはNO.6を出る」
「えっ・・・」
内心、薄っすらとだが、そうなるのではないかと思っていた。
紫苑の悲しむ顔が目に浮かぶようだったけれど、それでもネズミを留めることはできないだろう。
ネズミは風のような自由な存在、こんな狭い都市の中に留まるのは不自然だった。

「だから、最後にあんたの姿を目に焼き付けておきたかった。そして・・・」
ネズミが、ゆっくりと身を下ろす。
体が重なり合い、お互いの体温を共有する。
平常より早く、強い鼓動は、どちらのものだろうか。

温もりが心地好くて、が目を閉じると、ネズミはその口を塞ぐ。
わずかに開かれている唇から、自らを差し入れ、交わらせた。
舌に触れ、絡ませ合い、恥ずかしげもなく液の音を漏らす。
相手の液も、吐息も、熱も、全てを感じ取る。
躊躇いも、羞恥もなく、ネズミはを蹂躙していた。


ネズミが離れると、は薄らと目を開く。
頬に熱が上り、その視線はおぼろげだった。
自分の中にくすぶるものを吐き出すように、の吐息は熱を帯びている。
滅多に表情を崩さない相手のそんな様子が、とても官能的だった。

・・・」
眼下の相手の名を呼び、ネズミは、と掌を合わせる。
普通に繋ぐのではなく、指の隙間を開き、そこへ自分の指も滑り込ませ、握った。
らしくない繋がり方は、もっと、触れても良いかと、そう問われているような気がした。

無防備な状態で、これ以上接していてもいいのだろうかと逡巡する。
けれど、こうして肌に触れている事が、どうしても厭ましいとは思えなくて。
は、ネズミの手を握り返していた。




翌日、テレビではとある大富豪の婦人が毒殺されたというニュースで持ちきりだった。
だが、も、紫苑も、ネズミもその報道を気にしている暇はなかった。
ネズミはNO.6を、紫苑の元を去った。
そんなところへ追い打ちをかけるようで心苦しかったが、も伝えなければならない事があり。
家の外で、は明らかに覇気がなくなっている紫苑と向き合っていた。


「紫苑、僕、西ブロックへ帰るよ」
「・・・そんな気はしてた。家にいるとき、きみはどこか落ち着きがなかったから」
人の心を敏感にとらえる紫苑は、を引き留めることはしなかった。
きっと、にとって、自分の家は明るすぎたのだと気付いていた。

「今生の別れっていうわけじゃない。君は、自分が決めた道を進んで行ってくれ」
紫苑は軽く微笑んだが、その表情は無理をしている事が明らかだった。
は紫苑に歩み寄り、目と鼻の先で止まる。
そして、紫苑の目を掌で覆い、ほんの一瞬だけ、唇を触れさせていた。
とても大きな、感謝の意を込めて。

手が離され、紫苑が目を開いたとき、はもう背を向けていた。
紫苑も背を向け、正反対の方向へ歩いて行く。
いつか、三人が再会できることを信じながら 。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今回は、あからさまな場面は避け、妄想力全開にさせる展開にしてみました。
では、短い間でしたがお付き合いくださりありがとうございました!